《解説》沖縄戦・両軍の攻防
《解説》米軍、慶良間諸島を攻略
慶良間諸島の一つ慶留間島に上陸した米軍。
レイテ島やグァム島と勝ち抜いて来たつわ者たちである(3月26日)
座間味島に上陸したものの、日本軍の重砲火を浴びて、
防波堤に釘づけにされた米軍(3月26日)
座間味島の阿佐部落を進む米第七十七歩兵師団(3月27日)
渡嘉敷島の渡嘉敷部落を進む米第77歩兵団。
6月25日撮影の写真で、既に基地も整備されている。
米占領下の座間味島で部落にもどってくる住民たちのために食事の仕度をする地元女性。
(3月27日)
《解説》米軍、本島に上陸…
米軍の上陸前、猛烈な艦砲射撃を浴びる北谷・読谷海岸一帯(4月1日)
艦砲やロケット砲、追撃法などに擁護されながら上陸地点に向かう米水陸両用戦車群(4月1日)
北谷・読谷海岸へ続々と上陸する米海兵隊員。日本軍の抵抗は全くない(4月1日)
無血上陸した米軍は、半時間後には、艦砲で破壊した亀甲墓の前で作戦を練った(4月1日)
上陸4日後。海岸には橋頭堡が築かれ、
本格的戦闘に備えて米軍の軍事物資の陸揚げが始まった。
比謝川河口付近を埋める米輸送船団(4月4日)
《解説》沖縄本島 米軍の進攻と占領(図)
《解説》米軍、急進また急進!
戦車攻撃に失敗して銃弾を浴びた日本兵。陸軍一等兵の衿章がみえる。
北(読谷)飛行場。日本軍機の残骸のむこうに米軍機が着陸
北(読谷)飛行場を占拠した米軍は、またたくまに整備し、自軍の飛行機を飛ばす(4月11日)
占領した飛行場を守るための、米軍のすざまじい対空砲火(4月16日 読谷飛行場)
山あいの陣地を攻撃され、射殺された日本兵
日本兵の隠れている民家を焼き払う米海兵隊員(4月13日)
日本兵の死体を横目に行進する米海兵隊員
夜間斬り込みに出て射殺された日本兵(4月11日9
戦友の死を悲しむ米兵(4月4日)
沖縄の伝統的な墓・亀甲墓にひそんでいた日本兵が射ち殺された。
日本軍の板製オトリ戦車。彼我の物量の差がくっきり(4月)
石を積み、丸太を差しこんで戦車に見せかけた日本軍の小細工を嘲笑する米海兵隊員。
そばには住民の死体がー(6月16日)
中(嘉手納)飛行場周辺には、米軍の弾薬を消費させるため、竹製のオトリ飛行機が数多く配置された。日本軍のオトリ機をあきれ顔で見つめる米兵。
《解説》人間魚雷不発!
《解説》血みどろの闘い
陣地守備中に攻撃され殺された日本兵(5月15日)
日本兵がひそむ墓を火焔放射で掃討する米兵(5月16日 浦添付近)
神風特攻隊員の死体。腰にコンクリート・ブロックを縛りつけ、死を覚悟しての出撃。
万一、海上に不時着しても浮き上がれない新手の工夫であった(4月13日)
米第6海兵師団のダイナマイト攻撃を受ける日本軍の洞窟陣地(5月 那覇北方)
スモーク弾を撃ちこまれた日本軍陣地(5月 那覇北方)
戦車(写真左側)の火焔放射で焼かれる日本軍のトーチカ。
米海兵第一師団の機関銃手(手前)が待っている(5月 那覇北方)
米軍戦車の火焔放射を浴びて爆発した日本軍の弾薬集積所(5月10日 安波茶付近)
焼夷弾を射ちこまれ、燃えあがる日本軍陣地(5月10日 安波茶)
米軍の犠牲も大きかった。戦死者を弔う米兵。
日・米両軍の激しい戦いで焼け野原と化した浦添付近(4月28日)
ナパーム弾を浴びて廃虚と化した与那原の街(5月26日)
シュガーローフヒル(52高地 那覇市首里安里の東側)の激戦跡。
沖縄戦の中で、もっとも血みどろな戦場といわれる。
10日間の戦闘で、日本軍の多大な損害はもちろん、
米軍も2662人の戦死者と1289人の戦闘疲労症(精神病)者を出した。
大量の砲弾に見舞われ、無気味な地表をさらけ出した首里石嶺一帯
沖縄戦における米海軍の艦砲弾発射数(表)
米第10軍砲兵師団の砲弾使用数(表)
米24師団の兵器別発射数(表)
《解説》義烈空挺隊
《解説》神風特攻隊
《解説》国頭支隊、壊滅
空爆を受ける本部、向かいは瀬底島
山地の拠点で抵抗する遊撃隊をせんめつするため
105ミリ砲弾を撃ちこむ米第六海兵師団の兵士(4月18日 本部半島八重岳)
山あいの民家を探索する米海兵師団。
民家に隠れていた日本兵八人が殺されたという(4月22日 本部半島)
日本軍が放棄した司令部壕で、機密書類を調べる米軍諜報班(本部半島)
日本兵をかくまっていないか、家宅捜査を受ける民家(6月7日 金武)
米軍は、炭焼き小屋の中まで徹底的に探索(安田)
米軍に焼きはらわれた民家。避難をあきらめ老人や傷病人が焼死する例も多かった。
《解説》激闘 伊江島
水陸両用戦車で伊江島に向かって押し寄せる米軍の上陸部隊(4月16日)
凄惨な戦いが終わると、伊江島の飛行場は米工兵隊の手でまたたくまに滑走路が整備され、
早くも5月10日すぎには長距離戦闘機P-47が飛び立つようになった。
伊江島のかんがい用水池のほとりを進む米海兵隊(4月26日)
兵士たちと道路脇で一服、タバコをすすめているありし日のアーニー・パイル。
《解説》古都・首里無惨
天文学的数量の砲弾がぶちこまれ、廃虚と化した首里城跡。左側の焼けこげた木はハンタン山の赤木。
この内の一本の巨木が沖縄戦の名残りとして現在も残っている。(5月29日)
肉迫攻撃も空しく死んだ日本兵士
ガレキと化した首里城とハンタン山。この地下に第32軍司令部壕があった。
首里城の城壁近くで殺された日本兵
上空からの直撃弾で焼死した日本兵
日本軍の兵舎になっていた県立第一中学校(現首里高校)も米軍の砲撃で崩壊(5月29日)
首里教会にひそむ日本軍の狙撃兵をねらう米兵。首里教会は写真真上の一中校舎とともに、
破壊された首里の街に残った唯一の建物であった。(5月)
雨水のたまった弁ヶ丘周辺の弾痕。緑におおわれていた丘も地表をさらけ出し、
立ちのこった樹木は黒こげになっていた。
那覇市安里方面から首里を望む。破壊しつくされた丘が連なっている。
《解説》廃虚・那覇
自然壕を爆破したあと、小銃をかまえて日本兵がとび出てくるのを待っている米海兵隊
砲弾を受けて崩れ落ちる那覇市の民家(5月13日)
那覇の攻撃にうつる米第6海兵師団
米軍の攻撃を受ける那覇。
集中爆撃にあって燃えあがる那覇市街
那覇の焼け跡を次の前線めざして海兵隊員が行く。
日本軍司令部の置かれていた那覇の武徳殿前を行く米海兵隊員
かろうじて残った那覇の教会(5月)
波之上宮も無惨な姿に…(5月29日)
那覇市郊外にある奥武山の鳥居の下をトラックで前線に向かう米第6海兵師団の兵士たち
(6月6日)
米軍上陸後まもなく整備の始まった嘉手納飛行場は、
5月も末になると、写真のように、日本本土へ兵力を送り込む準備が整い、
ぎっしりとC-54機が並ぶようになった。
米海兵隊が知恵を絞って考えだした嘉手納ロータリー。(6月4日)
読谷飛行場は米工兵隊の手でまたたく間に滑走路が整備され、自軍機を使用するようになった(6月5日)
《解説》小禄の海軍部隊全滅
日本兵のかくれひそんでいる洞窟に手さげ弾を投げこむ米爆破班(6月12日)
小禄半島の日本軍地下壕陣地を火焔放射で攻撃、
出て来る日本兵を小銃を構えて待つ米海兵隊の兵士(6月)
硝煙でかすむ小禄半島の前線(6月)
避難小屋から引きずり出された日本兵。両足に傷を負い、杖を支えにしている(6月6日)
空から日本軍陣地を攻撃する米軍機。陸、海、空の三者一体となった攻撃に抗しきれず、
日本軍は沖縄本島南端に追いつめられていった。
那覇飛行場を前線へ向かう米第二海兵師団の兵士たち(6月16日)
破壊された那覇飛行場の一隅でくつろぐ米海兵隊員
小禄から糸満方面を望む
艦砲の跡の水溜りで水浴をする米兵たち
《解説》最期の戦場
日米両軍が死闘を展開した南部丘陵地帯の谷あいで、
道路に沿ったタコ壺に隠れている日本兵を火焔放射で攻撃する米戦車隊(6月16日)
東風平の富盛の石獅子と米兵
東風平富盛の集落と八重瀬岳一帯の惨状。この八重瀬の断崖が一時、米軍の進撃を阻んだ。
米軍の爆撃機は容赦なく爆弾の雨を降らせた(6月)
TトンボUと呼ばれた米軍の偵察機。負傷兵も運んだ。
激しく砲弾が炸裂する真栄平一帯(6月22日)
砂糖キビ畑に身をひそめていた日本兵に煙幕弾や小銃弾を打ちこむ米海兵隊員たち(6月13日)
煙攻めにされて壕から出てきた日本兵。住民の衣服をまとっている(6月21日)
各地で投降し、集められた日本軍捕虜。炎天下で米軍の指示を待つ(6月21日)
負傷者を運ぶ投降日本兵(6月19日)
戦場では何より水がほしかった。米軍に投降し、まず水をあたえられた日本兵たち(6月)
投降日本兵は、米軍指揮官にそれぞれの所属、
身分を報告し、指示に従うことを誓った。(糸満)
捕虜になるときびしい身体検査があり、所持品一切が調べられた(6月10日)
通訳から訊問を受けている捕虜たち(6月4日)
岩の後側の洞窟陣地に隠れている日本兵をいぶり出すために、発煙筒が投げこまれた(6月)
海岸に点々と横たわる死体。追いつめられて…。
真壁の日本軍陣地を攻撃する米第32海兵隊のシャーマン戦車
米兵の投降呼びかけに白旗をかかげて壕から出て来た日本兵(6月25日)
糸満の轟壕か。ぽっかりと口を開けた自然壕を警戒する米兵(6月)
日本兵のひそむ壕に火焔放射攻撃をかける米海兵隊員(6月)
沖縄本島南部の自然壕(洞穴)(図表)
捕虜になった日本兵が壕の中の同僚に投降を呼びかけている。(6月1日)
船上から投降を呼びかける米軍。
海岸線の岩かげに逃げ隠れた日本兵は、この呼びかけに、自身の処置を迫られた。
ある者は投降し、ある者は自ら命を絶った。
日本兵の墓標
自決場所に建てられた、牛島満司令官、長勇参謀長の墓標
《解説》宣伝ビラ
《解説》空襲を受けた 宮古・八重山
空襲で破壊された平良港(9月)
空襲で破壊された宮古神社
宮古島に進駐する米海兵隊(9月25日)
キャノン准将の閲兵を受ける宮古島守備隊の海軍将兵(9月27日)
《解説》沖縄戦終わる
降伏文書に署名する南西諸島日本軍代表納見敏郎中将(9月7日)
降伏文書に署名する米第10軍司令官スチルウェル大将(9月7日)