すいせん文
宮里先生は、生徒達の心の中にたくさんの窓を作ってきたのだと思う。
未来に通じる窓を…

中学時代を何かに例えるとしたら、
中学校舎そのものがその時代を表現するに相応しいものではないだろうか。
中学校舎が、子供達の一人一人の心の中に建っている建物になる。
入学したてのころ、この校舎には何も無く、ただ広い建物の中に自分一人がぽつんと寂しく立っているだけだ。
クラス分けが発表され、自分の教室が描き込まれる。
教室に入ると黒板や机やイス、これから同じ教室で共に過ごす仲間達…
はじめはぼんやりと人と机とイスがあるだけで相変わらず独りぼっちであっても
クラスメイトの顔と名前が一致するころには、心の中の殺風景な校舎に色が付き、音が響き、動きが出て来る。
経験とともに校舎ができあがっていく。
一つ一つ、描き足していくのである。
自分で作っていく。

何もない地図が、勇者が旅に出て、ある土地に足を踏み入れ、人々と出会うことで世界が作られるロールプレイングゲームのようにだ。
違うのは、現実の中学生すべてに勇者の勇気がある訳ではない。
彼らは可能性を内に秘めてはいるが、ほんの子どもなのである。
勇者になるべく修行している見習い勇者達の集まりが中学校という場所なのだ。
彼らが出る冒険の旅に必要な知識を与え、旅に耐え抜く知力と体力を養う場所なのである。

そのような中学校という場所で、宮里先生は、長い間勇者の卵たちに勇気と知恵を培う力を養って来た。
新しい世界を覗かせ、いろいろな経験をする手助けをし、自分達で考える機会を与える。

当たり前だが子供達は一人一人がすばらしく個性のある人間である。
同じ物を見せても、同じ経験をしても感じることはそれぞれ違うし、結果も違う。
同じ方向に開いた窓でも1階で見える景色と3階で見る景色が違うように
先生が作った東向きの窓から一人は校舎脇の花壇の花の中で一生懸命密を集めているミツバチを発見し、
一人は窓から望む大平洋を眺め遥か彼方の見知らぬ国に思いを馳せる。
1階から見える景色と3階からの景色。教室の窓、廊下の窓、音楽室の窓、理科室の窓…

何処で見たかによって景色はそれぞれ違ってくる。

中学校で子供達に心の窓を作るということは、子供達の未来の可能性を広げることだ
外国のコイン、駅伝大会、ボランティア活動…
宮里先生を通して中学校の三年間で彼らが見た景色が彼らの中で様々に変化し、その景色に惹かれて新しい場所へ行くためのドアを開けて進むのだ。

先生との出会いがまた新しい出会いを生み、それが起点となって卒業してそれぞれの道を歩みはじめる。

中学校とはいつまでもいられる所では無い。
三年と言う限られた時間を過ごし、皆、次なる場所を目指して扉を開く…
そんな場所である。
そこで、子供達の心に未来へ通じるたくさんの窓を創り、自らの力でドアを開け次の場所へ旅立てるよう手助けをし、
たくさんの子供達を送りだして来た先生の素晴らしい軌跡がこの本に描かれている。


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