激闘 伊江島伊江島には、城山(タッチュー)を中心に伊江島地区隊(独立混成第44旅団第2歩兵隊第1大隊 隊長井川正少佐 2700人)が堅固な陣地を構えていた。(防衛隊を含めると7000人) 面積24平方キロのこの小さな島には、住民たちの献身的な協力で建設された中・東の2つの飛行場があったが 既に、3月、日本軍の作戦変更によって日本軍の手で破壊されていた。 伊江島での戦闘は4月16日に始まった。そして一週間に及ぶ激しい戦いの末、日本軍はほとんど全滅し、戦死 者4706人にのぼった。そのうち約1500人は地元の住人だったという。 米軍戦史は、米軍の前線に攻撃してきた日本軍の中には、竹槍で武装した婦女子や、乳飲み子を背負った婦人な どもいたことを記録している。 伊江島を占領した米軍はただちに飛行場を整備、5月10日には戦闘機大隊を配備して沖縄本島、日本本土攻撃 に理想的な基地をもつことになった。 (「写真集 沖縄戦」 那覇出版社 より) |
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